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トド

 今年は、アラスカの小さな港町にゆっくりと滞在しながら、海棲哺乳類をのんびりと観察していた。

 海棲哺乳類と聞くと、地球最大の哺乳類であるクジラを思い浮かべる人も多いだろう。
生活の全てを水中で過ごし、知能指数も非常に高い彼らは、まだまだ解明されていないことが多く、非常に興味深い動物だ。また、あの巨体を使った豪快なジャンプや、尾びれを高々と上げて潜水する様子は、見る人々を一瞬で魅了し、ホエールウォッチングの世界へと誘う。

 海棲哺乳類には、そんな人気の鯨類だけではなく「鰭脚類」というカテゴリーが存在する。

史上最高の生命体であるアザラシやトドが属するカテゴリーだ。

非常に高い知能を持つ彼らは、動物園では水槽の中から愛嬌を振りまき、水族館では多くの観覧客を集めるショーの大スターである。くびれの無い流線型のボディーラインは、水中で自由に動き回るのに適し、厚い脂肪は寒い水中でも、しっかりと体温保持を可能とする。

そんな彼らだが、
くびれの無い体やゴロゴロと寝そべって休む姿からオヤジ臭いと比喩され、さらにその見た目の期待を裏切らない品の無い鳴き声が、また、中年男性のイメージを加速させる。
ネガティブな印象の代名詞になることは、世のダンディーな中年男性にとっても、アザラシやトドにとっても傍迷惑な話だろう。

ピンクサーモンが豊作な今年は、遡上を前のサーモンで河口が黒く染まっていた。このサーモンを求めて、アザラシやトドが集まってくるのだ。満潮に近づき始めると、サーモンが川への遡上を開始することをしっかりと学習している彼らは、干潮時には一切サーモンを狩らない。
ひたすら満潮を待っているのだ。

潮が満ち始めると、トドも狩を始めた。
体重の7~14%分もの餌を必要とする彼らは、大型のオスになれば最低50kgもの魚介類を毎日口にする。大食漢の彼らにとって、この豊かなサーモンのもたらす満腹感は相当なものだろう。
80cmにもなるサーモンを軽々と咥えあげ、頭を大きく振って、ある程度の大きさにちぎりながらどんどん飲み込んでいった。

トドが泳ぐと、黒く染まっていた水が一気に動き出し、彼らの前に道ができる。
その中を悠々と泳ぎながら、機敏な動きでサーモン捕らえていく様子は非常に見事で、思わず見入ってしまうほどである。

その姿は、
先ほどまで見せていたオヤジ臭さを微塵も感じさせず、どこか海の王者の風格を漂わせていた。
褐色で、水中の生活に極限まで適応された姿態は、生物学的に見ても美しい。

近い将来、トドがネガティヴな印象の代名詞から消えるのは遠い話ではないかもしれない。

ドールシープ

短い夏に差し掛かり、白夜に近くなったユーコンでは、深夜にあたる時間でも十分に活動できるほどの明るさへと変わた。

 


カナダの北部に位置するユーコン準州は、一年の2/3は冬に閉ざされ、州都であるホワイトホースですら、1年の平均最高気温は、わずか5℃だ。山間部には、今も多数の氷河が残っており、かつて氷河が削り造った険しい山々が連なり、美しい光景が続いている。

遠くから眺める美しい山々は、近づいて見上げてみると、あまりの険しさに息を飲む。植物の自生を許さないほどの厳しい斜面は鋭くそびえ立ち、氷河によって運ばれた岩が転がっている。

そんな中を、ドールシープの群れが悠々と進んでいた。
彼らは、クマやオオカミなどの天敵を避けるため、自ら足場の悪い環境で生活している。もちろん、彼らの身体はそういった環境に適応しているため、そんな斜面や岩場を歩くのは難しくないようだ。我々人間が、冷や汗をかいてしまうような危険な崖でも、彼らにとっては朝飯前の準備運動といったところだろう。

そんな彼らを写真に収めるために、斜面を直登。
トレイルがないので、彼らの移動ルートを考えながら標高を上げる。掴んだ岩が浮き、足場が滑る斜面は、息もどんどん上がる。高校や大学の部活で柔軟体操を怠ったツケが回り、思うように足が開かない。もはや昔取った杵柄は、遥か前に存在を消してしまったようだ。

やっとの思いで登頂しドールシープ達を待つが、一向に姿を現さない。
まさかと思い、斜め先の山の斜面へと目をやると、先ほどの群れがさらに上げて標高を上げて移動している姿を見つけ、唖然。
どうやら、途中で群れが散らけ、移動方向を変えてしまったのである。

立ちすくんでいる間にも、彼らはどんどん進み、山の陰へと消えていってしまった。
彼らにアプローチすることを断念し、振り返って見ると、
なんと自分の登って来た斜面に別のグループがいるではないか。

しめたっ!
シープ達の中には、斜めの斜面に腰を下ろす者や、少し生えている地衣類を食べる者がいて、その場所に留まっているのだ。

足場の悪い斜面を急ぎ足で引き返し、彼らを驚かさないように十分に距離を取りながら観察に入る。その群れは、自分の登った道をゆっくりと進みながら、距離を縮めて来た。
幸い、彼らは私を危険な生物と認識しなかったようで、止まっている自分の横を悠々と歩きながら、時間を掛けて山の斜面へと消えていったのである。

ゆっくりとドールシープ達と過ごすことができ、日も沈んで静まり返った山を、オオカミの遠吠えが響き渡った。遥か遠くを走る3頭のオオカミと共に、目の前に広がり続ける険しい山々は、空間の広がりを美しく際立たせ、自然の魅力を雄弁に語る。

この情景は、その日の疲れを完全に吹き飛ばしてしまうほどの美しさであった。

オーロラ2


3,4月は天候も安定し、綺麗なオーロラが夜空を舞うことが多かった。
 
オーロラの活動の強い日は、天気予報とにらめっこの時間が自然と長くなる。
山に囲まれた地域で、天候が変わりやすく、晴れの予報が出ていても安心できないからだ。




ほんの一時間で、天気予報が変わってくるため、油断ができない。
衛星写真の雲の動きも合わせながら、じっくりと天気を予測していくのだ。

それでも、勘がほとんどの割合を占めるこの予測は、外れることもしばしば。
翌朝に目覚めてから、「実はオーロラが空をおどっていました。」などと聞いた日には、寝込んでしまうほど悔しいので、なるべく出かけてみるようにする。

気温も-15℃程度で落ち着いてきた頃、新月の日に快晴に恵まれた。
オーロラがまだ現れていない夜空は、星達で埋め尽くされる。

天の川をはじめとして、真上に位置する北斗七星や北極星から、ユーコンの緯度の高さを伺えた。「降るような満天の星空」とはまさにこの空だろう。
まばゆくきらめく星たちから、何か音が聞こえてきそうだ。

そして、美しい星空の中、北の空が少しずつ明るくなり始めた。
オーロラが徐々に強まり、一筋の線が空を横切り始めると夜空が一変する。

天の川や小さな星たちが姿を消し始め、美しいオーロラが空を舞い始めた。
激しく舞い続ける時間は一瞬だが、その間の変化は本当に素晴らしい。

森の木々のシルエットを浮かび上がらせ、無数の形へと変化するのだ。
時間にして3分にも満たない時間だろう。それでも、踊っている瞬間は、時間という概念から解放され、無意識に見入ってしまう。
ただただ、美しい。

そして、空が静寂に包まれた頃、そのオーロラの美しさに気がつくのだ。
その余韻の強さが、どれほどオーロラが美しかったかを雄弁に語る。

まさに、オーケストラのコンサート後のような感覚だ。
その鳴り止まない余韻に浸りながら家路も、また幸せな時間である。


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